お酒大好き公認会計士のつぶやき

大阪で会計事務所を営む公認会計士です。自分の趣味や社会の出来事、特に会計や税金について書いていこうと思います。旅行も好きです。ラスベガスに毎年行くのが目標です。

グレイステクノロジーの粉飾決算を巡って思うこと

最近はブログを書く人も少ないでしょうから、特に書くこともなかったですが、Newsなんちゃらというアプリからの引用で、本も何冊も出している有名な方が、決算書を見ればグレイステクノロジー(以下、G社と書きます)の粉飾はわかったかもしれないということを書かれていらっしゃったので、粉飾というのはそうじゃない、ということを、こっそり知っていただきたいので久しぶりに書くことにしました。

その有名な方曰く、債権の回転期間の長期化は粉飾の端緒と示すものだ、だが、翌期には資金が回収されている・・・(だったら不正の端緒は無くなっているのでは?)

では、一人当たり売上高を見ればどうだろう、すごい増えているから、ここを見れば粉飾しているかもしれない、と、気付くかもしれない。(債権が回収されていれば、そんな話にはならないのでは?・・・)

会計監査をしたことないのだと思うのですが、そんな適当な想像は書かないで欲しいです。世の中に一人当たり売上高が爆増している会社なんていくらでもあるでしょう。

監査意見は財務諸表分析をして出しているのではありません。まずは監査計画を立てます。この会社にはどんな特徴があって、どんなリスクがあるかを見極めます。そのために財務諸表分析を使うのは事実です。年間でどのような監査手続をすれば良いのかを詳細に詰めていき、その中でも売上は必ず不正リスク(粉飾リスク)が最も高いものと位置づけます。

取締役、営業部長、社員の方まで、ありとあらゆる人が内部統制やルールを守らない悪人として捉え、どんな悪いことをして粉飾をするかを想定して、それをどうすれば見つけられるかを腐心しながら監査手続を策定していきます。

貸借対照表の残高も当然に抑えにいきます。金融機関や取引先への残高確認を入手することができなければ、のっぴきならない事情が無い限りは監査意見を出すことはできません。在庫は棚卸立会をして押さえますし、固定資産は実査をして現物の確認を行います。その他の重要な勘定残高は残高を抑えに行きますし、損益計算書の項目も当然に取引テストをし、分析をして重要な虚偽表示がないかを一つ一つの勘定科目に落とし込んで監査していきます。

某T社の粉飾決算や、よくある話では在庫、固定資産、のれん、そういった資産が投下資金を回収できない場合の見積り、つまり減損会計をどのように適用するかで監査法人と戦うことになります。過去、現在、将来の事業計画の妥当性を戦わせながら粉飾していくわけです。そういった場合、粉飾したい側には相当の手練れが必要なわけですが、相当な手練れを引き寄せられる大規模で資金が潤沢な会社がそういうことをするでしょう。某T社もそうでしたね。

では、G社の場合はどうでしょう。

担当していた監査法人は乱暴に無能といって良かったのでしょうか。必要な手続きをして尚、不正を発見できないことは無能なのでしょうか。(メディアの論調はいつもこうですね、監査法人は必要な手続きはしていた、だがそれでいいのかと・・・)

三者委員会報告書は125ページほどの大作でありましたが、これは答えなので、監査現場では知らないものとして捉えなければいけません。

 

G社の場合、粉飾の多くは実態を伴わない架空売上でした。見積書、発注書、契約書、検収書といった売上検証の基礎資料の偽造がありました。監査人は偽造を見破る専門家ではありませんので、会社から提出された資料を是とするのは監査手続としては問題ないはずです。

この場合何が起こるかというと、一般的には架空売上であるため債権が回収できないという問題が起きます。従業員がこれをすると、普通は数千万円で資金が枯渇するでしょうから、雪だるま式に大きくなることがありません。一時期問題になった循環取引も雪だるま式に大きくなる性質がありますが、今の監査手続では詳細には言えませんが、基本的にはカバーされています。

ただ悲しいかな、前例を見ないほどのモラルの無さで創業者の社長や取締役という上級経営者が不正に加担し、自らの株式やストックオプションを通じて得た資金を自転車操業するという方法で雪だるまは大きくなりました。創業者がお亡くなりになったことでこの不正は成立しなくなりましたが、存命であれば、あと何年も何十億円も不正は続いたでしょう。

周到に準備された売上に関連する資料、外注先への偽造された資料、多額に及んだとしても回収されてしまう売上債権の回収、そして質問をすれば最もらしい回答が返ってくる・・・自分が担当して不正を見つけられるかは正直自信がありません。怪しい端緒は掴んでいることは第三者委員会の報告書からは伺い知れましたが、決定打はありませんし、今の監査手続はお金持ち経営者が自爆不正することを想定できていません。

某元会計士は、粉飾先の会社に「おたくはこの会社とこんな取引をしているか??」と聞けば不正なんてすぐに見つかる、ということを仰っていましたが、監査法人は監査契約を前提に仕事をしているのであって、国税局のように反面調査をするような強権的な権利は何ら有していませんから、そのような監査手続は無理です。

ただ、そうであっても監査法人は不正を見つけていかねばなりません。

G社の場合は常勤監査役が元営業担当者で、そもそも常勤監査役としての地位を得る資格があったでしょうか。社外取締役や社外監査役には公認会計士や弁護士は一人もいませんでした。調べたことはありませんが、恐らく上場会社でそのような会社はほぼないでしょう。そのようなガバナンス体制に対してどのようにアプローチしていたでしょうか。また、内部監査担当者は事業部門と兼務しています。JSOXの監査を実施する際には、監査法人の手続として内部監査の業務に依拠することがありますが、内部監査の実施状況はどうだったでしょう、内部監査について十分に評価していたでしょうか。ちなみに2022年2月に不正による第三者委員会の報告書が出た買収や事業承継を仲介とする某上場会社も内部監査は不十分だったようです。

そして、極めつけは創業社長の配偶者が管理部門の重要な役職に就いていました。相当昔から管理部門に創業者の親族が関与することは上場審査上で最も忌避されることと認識していますが、なぜかG社では許されており、しかも上場審査も通っています。建前上は、組織図に存在しない総務部長という役職だったそうですが、往査をしていて社長の配偶者が管理部門にいることに疑問がなかったでしょうか。絶対に許容されることではないという認識は相当数の公認会計士は有しているでしょう。

三者委員会の報告書を読む限りは、創業者の社長と監査法人の間にはコミュニケーションの余地がなかった(つまり、監査法人のことを相当軽視していた)ように記載されていますが、監査法人側は経営層に対してどのように接して、どう感じていたでしょう。

(他にも、毎期毎期30%程度で伸びていく事業に対してどのように評価していたかということに興味はありますが、専門的な事業の話は、監査人は事業の専門家ではないので、会社の説明が合理的であれば、一定の合意をせざるを得ないかと思ったりします。)

と、直接的な不正を検出することは難しいのですが、企業の内部統制の権威として有名な先生は、内部統制を構成する要素の一つとして「統制環境」が最も重要だ、と事あるごとに発言されておられます。

行きつくところ、このような従来想定していないような不正に対しては、経営者の姿勢や統制環境を突き詰める、会計監査人・監査役・内部監査の三様監査の実効性を上げるといった監査手続が最も必要だと考えます(といっても、G社では監査役も内部監査も機能していませんでしたが・・・その状態を是正することを含めてです)。

コロナ禍でリモート監査が増えており、監査対象会社に往査する機会が相当数減っています。G社の場合は数年前から不正は続いていたのですが、直近で不正の金額が増加していたり、他の会社でもニュースになるような不正粉飾が増加しているように感じます。

日々のミーティングや会議はwebでこなせるようになりましたが、監査はAIとリモート業務に任せてよいのでしょうか。AIの監査ツールに仕訳や試算表を読ませると不正がわかるそうです。リアルタイムで起きている新種の手口も網羅的に100%検出してくれるのでしょうか・・・個人的に信用できません。

監査は英語でAuditですが、綴りの通り、聞くこと・聴取することが起源となっています。監査人が経営層や重要な役職者とよくコミュニケーションをし、一定数の往査を行うことで、常にチェックされているという緊張感を被監査会社に持っていただくことが、入り口として重要な不正を防止することになるのではないかと思う今日この頃です。